沿革
沿革
■1968年6月
(昭和43年)
創業。
子供用の「スマートボール機」及び「パチンコ機」を製作。
■1976年9月20日
(昭和51年)
(有)楠野製作所設立。
既存の路線に子供用プライズ機を加えて生産するようになる。
■1987年
(昭和62年)
広いフロアや屋外に設置される体感型ゲーム機・カーニバルゲームの製作に着手。
「カンボール」を商品として開発し、カーニバルゲーム製作中心の会社となる。その他、外国製カーニバル機の設置、修理、改造も併せて手掛ける。
■1995年
(平成7年)
主力のカーニバルゲーム機の生産を打ち切り、子供向け全自動型スマートボール機の生産を開始する。
OEM供給機としてスマートボール機「キッズボウル」を開発、生産。
その後、スマートボールをシリーズ化した「スマートキッズシリーズ」を生産。
■1999年
(平成11年)
クレーンゲーム機の内部に簡易設置できる「風船割りキット」を開発、生産。
以降、この種のキットをシリーズ化する。
■2003年
(平成15年)
初めて本格的なプライズゲーム(クレーン系ゲーム)の製作に取り組むことになる。
第1弾「ファン・ファンタジア」を開発して、その生産を始める。
■2006年
(平成18年)
第2弾「バーバーカット」を発明して、量産する。
翌年には、新機能を盛り込んだ新機種「バーバーカット・リバーシブル」の生産を開始する。
■2008年
(平成20年)
第3弾のプライズゲーム「リングマジシャン」を開発。
さらに、「2イン1コスモス」の開発へと繋げる。
社内に販売部を設置。
■2009年
(平成21年)
2月に初めてAOU EXPOにメーカーとして参加。
北米やヨーロッパで「バーバーカット・ライト」の人気が急上昇し、
その主要パーツセットの販売が好調に推移する。
■2010年
(平成22年)
会社を大阪市住之江区に移転。
プライズゲームの生産より、海外への供給パーツセットの生産に追われる一年となる。
■2011年
(平成23年)
海外への供給主要パーツの出荷が一段落を迎え、会社方針を
プライズ機の開発を進める方向へと転換。
同時に商品化した機種を販売する上でのしくみ作りに取り組む。
■2012年
(平成24年)
作る能力を持っているだけでなく、売る能力も備えたメーカーへの道を目指すことになる。 自社製のプライズ機の復元依頼や稼働しなくなったプライズ機の中に置く再生コンポの製作依頼にも応える体制作りと取り組む。
■2013年
(平成25年)
イベント業界への参入を決定し、「イベントツールウエストジャパン2013」への初参加を行なう。
自社製抽選器「水族館くじ」の評価が、イベント関係者から高かったことが動機となる。
■2014年
(平成26年)
イベントで使用できる機種が増える。「イベントツール ウエストジャパン2014」に2回目の参加をする。
前年の終盤に開発した、小サイズ、軽量の「ちっちゃいバーバーカット」が、アミューズメントばかりでなく、イベント業界からも評価を受けての参加となる。
■2015年
(平成27年)
イベント機が3機種に増え、その影響でイベント部門が緩やかな成長を見せる。
アミューズメント関係では、商品を活発に動かすために、利益を限界まで抑えた「ちっちゃいバーバーカット」を開発して市場に投入、 期待通りの働き振りで大きな流れとなる。売上高は高水準を保つこととなる。
■2016年
(平成28年)
これまでの好況感が続くことを当てにすることなく、
プライズ機及びイベント機の開発に精を出す。イベントの分野では、人気のエアー抽選器のミニサイズ「くじクル」が誕生、すぐ後に「くじクル2型」もほぼ完成の域まで来ている。 また、懸案となっているプライズ機の開発は、詰めの課題を残しながらも、最後の段階まで来ている。