大阪でゲーム機づくり・エピソード

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大阪でゲーム機づくり・エピソード

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2019/04/30 大阪でゲーム機づくり・エピソード

開発担当 楠野博美

私は昭和50年春に関大を卒業して、大阪市内長堀橋にある銀行の本店に

就職しました。当時はバブル時代だったのか、金融機関は活況を呈しておりました。
社員の普通預金の利息は8.5%という絶句するくらいの数字でした。

親から借りた50万円を口座に置いておくだけで、

どんどん膨らんでいく感じがしました。
家では、「公金の貸出金利が5%なんてタダみたいやな、

あんた、今のうちに国金から借りとき! 」なんて、両親の景気のいい話なんかも

聞けました。
 

50万円を銀行に預けておけば、5年もすれば75万ぐらいにはなったと思いますが、

皮肉にも、私はそれを経験することもなく、わずか1年で銀行を辞めることになりました。

何となく業務にはかなさを感じるようになっていました。

銀行内で除夜の鐘を効きながら手形の交換作業をしている時には、

気持ちはほぼなえていました。

 

 

4月を待って1年で辞めたものの、すぐさま次の仕事を探すのではなく、

しばらくの間、私は年商1000万の家業の手伝いでもしようと考えていたのです。

しかしながら、あまりにも緊張感のない職場環境に、

「家業に専念しよう」との決意も薄くなり、早く一日が暮れるのを待つ日々を
過ごしていました。

 

家業は父と職人の二人で、ゲーム機を作っている会社でした。

会社の商品は専ら電気を使わないパチンコやスマートボールなど

ローテクのアナログ機でした。それらは幼い時に夜店や遊園地などでよく見掛けた、

とても原始的な機械でした。

このときに理解できたことは、会社が安定して存続できる要素なんかどこにもなく、

将来への展望なんてとても描けないという情けない現実でした。

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それにも拘らず、私は極めて楽観的なところがあり、そんな状態にも拘らず

毎日のんびりと気楽に過ごしていました。しばらくの間はそれができたのです。

そんな中、数年後にインベーダーゲームというテレビゲームが大ブームとなり、

そのデジタル時代の到来の波に、自社は今更対応する術もなくすっぽりと

呑みこまれることとなり、その上、たった一人の職人も辞めることになりました。
そして、これらのツケが全部、知識も技術もない自分に押し寄せてきたのです。

大変な事態に陥りました。この時ほど、銀行を辞めたことを

後悔したことはありませんでした。

 

会社の不振は数年続きました。それでも家族企業と言う身軽さもあって、

事態は致命傷までには至らず、大変な時期をかろうじてやり過ごすことができました。

 

人生最大の闇の部分でしたが、その間に電気の基本、

リレー回路やデジタル回路についての知識を学び、

それを活かして簡単なゲーム機を試験的に何台か作れる

ようになっていました。

訪れた数々のピンチのお陰で、私の精神のスイッチが何とか入ったのだと思いました。
私が35歳のとき、父は会長職へと退き私が社長となりました。

その時に自社でどんなゲーム機を作れるのかを模索しました。

自社ゲームはメカが中心となっているが、それに対して

他社はソフトが中心となっている。というより、既にソフトが大部分でした。

 

そんなご時世に果たして自社のアナログゲーム作りが通用するのか、

日々不安を抱いていました。それでも会長の父の力も借りながらの奮闘の毎日でした。

やがてその頃には自分がアイデアや電気回路を担当し、

その中で肝となる重要なメカを会長が手掛けるという分業制も整い、

やがて年商も5000万と上昇し人も雇えるようになりました。

この状態は結構長く続きました。

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【ファンファンタジアの仲間・バーチカルフォール】

 

しかし次第にゲーム業界が小さくなっているせいか、努力の割に

売上が伸びないジレンマの中で、大きく方向転換をする機会がやって来ました。

苦境打開のためには、業界で唯一業績がよくて、

上下の振れがない安定の「クレーンゲームの分野」に仲間入りすることを決心しました。

 

そうしたら、縁は不思議なもので、

突然クレーンゲームの技術者が目の前に現れ、

クレーンゲームの全体の構造、移動体のメカやアーム部など、

細部に至るまでの開発を手伝ってくれることになりました。

このことは後に楠野製作所が大きく羽ばたく礎となりました。

価値ある出会いでした。

2003年に「ファンファンタジア」というクレーン系の棒落としゲームを作ったら、

それが伊勢佐木町のゲーセンで「1週間で機械の金庫がいっぱいになった」

ということで、大手のゲーム関係者からニュースとして発信され、

それが発端となり、1年で過去最高の3億を達成しました。
この時点で、私は完全に決意しました。

「大阪でクレーン系ゲーム作り」これでやっていこう!と。
 

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